3月から安保法制について考えるようになって、一気に読書傾向が変わってしまったが、購読雑誌も一新した。セックスレス特集で名高い「アエラ」をやめて「週刊東洋経済」を購読することにした。最近の「東洋経済」はわかりやすいし、特集がキャッチーになった。経済学部教授として働いているのでアンテナはちゃんと立てておかなければならない。ようやく、そういう自覚が目覚めてきた。そして「FOREIGN AFFAIRS REPORT」も購読することにした。ずっと国際ニュース専門誌を探していたのだが、これは自分には読めないと思い込んでいたのだ。でも何冊かバックナンバーを取り寄せてみると、アメリカ目線から見た世界情勢がよくわかる。とりあえず半年分だけ購読してみることにした。この雑誌、かつてはケナンのX論文とかハンチントンの「文明の衝突?」論文が掲載された、アメリカの外交政策に大きな影響力を持った雑誌である。今は日本語で主要論文が読める。
バックナンバーを眺めていたら、今年の4月号に「中国をいかに抑止するか―― 拒否的抑止と第1列島線防衛」という論文が掲載されていた。リンク先のずっと下の方に要旨がある。
http://www.foreignaffairsj.co.jp/shop/shop-FAR1504.htm
要するに中国脅威論であるが、それを日本・台湾・フィリピンの同盟国ラインで対抗策を講じる必要があるとの主旨である。このラインを「第1列島線」と総称する。ここに「中国の攻撃を阻む信頼できる抑止力を形成する」必要があるという。中国の軍事的冒険主義に対して「拒否的抑止」(deterrence through denial)がこのラインに強化される必要があるとの主張である。
安倍政権が前提としているのは、このような視線なのであろう。だから、それなりに周到に考慮されたはずの「歯止め」は議論の中でどんどん崩されていくのである。たしかにキリがない。大昔から批判されてきたが、抑止論は「囚人のジレンマ」に陥る。合理的に考えれば考えるほど先制攻撃への誘惑が高まる。これが怖い。
ところが、孫崎亨とマーティン・ファクラーの対談『崖っぷち国家 日本の決断』によると、こうした考え方はアメリカでも一部の主張に過ぎないという。ファクラーはニューヨーク・タイムズ東京支局長だが、彼が言うには、日本の政策担当者は、少数の「ジャパン・ハンドラー」を気にしすぎているらしい。もっと異なる考え方をする有力者がいっぱいいるというのである。なるほどそうかもしれない。安倍政権は交渉相手をまちがえているのかもしれない。日本がそうであるように、アメリカも一枚岩ではない。日米地位協定と集団的安全保障についての「運用」について、アメリカとの交渉の余地はあるのではないか。オバマ政権も、とりあえず既成事実と法的根拠だけからいろいろ要求を突きつけるのだろうが、抵抗の戦略のレイヤーが残されているのではないか。つまり、集団的自衛権という軍事的抑止路線に走るのではなく、外交的交渉路線に集中した方がよいのではないか。「第1列島線防衛」論がこの時期に主張されるということは、案外、傍流の考え方なのかもしれない。
ともあれ、このまま安保法案が可決されてしまうと、当然、複線的な違憲訴訟が生じて、あいついで違憲判断が下されることになる。そうなると、政府は修正を義務づけられる。そのさい、たんに集団的自衛権を取り下げるということにはおそらくならない。むしろ、ほんとうに憲法改正への道が開けてしまう可能性が高い。しかも憲法改正は九条だけとはかぎらない。全面的に書き換えられる可能性があり、それは自民党案のような牧歌的なものではないだろう。アメリカ製の「第2の押しつけ憲法」になる可能性を考えた方がよいのではないか。それは日本国憲法のように理想主義的なものではなく、きわめてリアルポリティクスに準拠したものだと予想してしまうのである。